フォイ JUST DO IT!

フォイの雑記。

叱られたい若者は世渡り上手なのか、もしかして社会の奴隷なのか

叱られたい若者が増えているというニュース。

スマホで調べてみると、やっぱりそうらしい。いろんな記事が出てくる。

 

私は最初に違和感、次に納得、最後に背筋ヒヤッとしました。

 

普通の感覚で言えば、叱られたくない。だから何を狙ってそんなこというのかなと思っていました。

 

わからないときは、想像してみましょう。

例えば、後輩の遅刻で会議が始められなかったとします。上司である私は当然叱ります。遅刻もいけないが、もっといけないのは他人に迷惑をかけていること。こんな感じで怒っていると、後輩の頬に一筋の涙が。これだけ反省したなら大丈夫だろうと私。しかし後輩が「叱ってくれてありがとうございます。普段叱られないのでとてもうれしいです。」という。絶句する私。

もし私が上司なら、また叱ろうとは思いません。だって気持ちが悪いから。

 

「叱るのは愛情だから怒らず聞いてくれ」と言いますが、本気で愛情と捉えられたら気持ち悪いですよ。「叱る」って、指摘する→落ち込む→反省するというプロセスを全てを含めると思うんです。でも叱られたい若者は落ち込まないからこのプロセスを踏まない。叱られたいという言葉自体が矛盾じゃないのかな。

 

ってことは叱られたいというのは、見せかけで本当は叱られたくない。だから叱られたいといっているんじゃないかと思います。

ここで納得しました。なるほど。叱られたくないから、叱られたいというのか。

こんな発想ができる人は人づきあいも上手そうだな。

 

でもちょっと待てよ。叱られたい若者は若者発信の言動だと思っていたけどちがうのかもしれない。否応なしに「叱られたい」と言っているのだとしたら。「叱られたい」と考えなければ、会社で生き抜くことができないのだとしたら。

ブラック企業では、マインドコントロールのようなことも行われています。部下を理不尽に怒り、それ正当化することで価値観を都合いいように変えていきます。

その結果として叱られたい若者が増えてきてるなら、、、

怖い話です。

 

最初は「叱られたいってただのかまってちゃんじゃん」みたいな記事を書こうと思っていましたが、変なところに着地しました。

 

いやな夜です。